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生物の9割は脊椎を持たないのに、なぜ我々にはそれがあるのか




魚も両生類も爬虫類も鳥も哺乳類も脊椎動物として括られる。つまり我々ヒトは魚と共通の祖先を持つ。しかしその前はどうだったのだろう。そのあたりについてのBBCの記事を見つけたので紹介したいと思う。以下は翻訳である。

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生物の9割は脊椎を持たないのに、なぜ我々にはそれがあるのか


背骨の獲得は生物の歴史上重要な出来事なのに、長らくその進化の過程は謎に包まれていた。

SFの世界は不思議な形をした生物でいっぱいだ。例えば「宇宙戦争」のタコ型の火星人だったり、「スターシップ・トゥルーパーズ」の巨大な虫に見られるように、無脊椎動物が人間の脅威となるといった奇妙なステレオタイプが存在する。

我々にとっては背骨こそ正義だ。実際に現在の地球を支配している器官が背骨かどうかは議論があるが、少なくとも大型で目をひく動物――歩くもの、泳ぐもの、飛ぶもの、これらはみんな脊椎動物だ。ネイチャーの編集者、ヘンリー・ジーが「創造における我々の領域(our own corner of creation)」と呼んだこの一群に自然と惹かれるのにもうなづける。

脊椎が有用な発明であることは間違いない。脊椎は体を支え、脊髄を保護してくれる。外殻ではなく、体内の骨が体を支えることで、体の可動範囲を広げることができ、無脊椎動物よりも大きく成長することを可能にしている。しかし全体の90%を超える動物たちが背骨なしでうまくやっていることを考えると、そもそもなぜこの特徴が生まれたのかという疑問がわいてくる。無脊椎動物の世界から、いかにして脊椎という器官は生まれたのだろうか。

脊椎動物を生み出した進化的跳躍はおよそ5億年前、カンブリア紀にさかのぼる。これ以前の生物は何億年もの間、極単純な構造で生きていた。すなわち単細胞で漂い、時に集まってコロニーを形成するというようなものである。

その後カンブリア爆発と呼ばれる現象が起こり、地球の海には様々な生物があふれるようになった。すなわち肉食甲殻類と多眼の奇妙な動物たちの世界が形作られるのだが、2000-3000万年という期間のどの時点かに、ある動物がその世界に加わったことが分かっている。それは現代でいうヤツメウナギやヌタウナギのような動物である。そしてこれらが初期の脊椎動物であった。彼らは原始的な脊椎と、脊索(notochord)と呼ばれる軟骨でできた棒状器官を持っていた。この脊索は背骨の前身であり、背骨というのはご存知、人間やネズミ、恐竜に至るまで共通した器官である。

脊椎動物がどこから進化したかもわかっており、かつてカンブリア紀の海であったと考えられる地層から化石として見つかっている。ピカイア、ハイコウエラ(Haikouella)といったミミズのような動物群がそれである。これらは脊椎動物ではないが、脊索を持っていた。すなわち「脊椎動物」よりもより包括的な「脊索動物」という一群に分類される。脊索動物はすべての脊椎動物と、脊椎動物ではないがそれに似た生き物たちで構成される。われわれが脊索動物に含まれるというのは留意すべき点で、子宮の中にいた頃、我々は脊索を持っている期間がわずかに存在するのだ。

このように脊椎動物の起源はわかっているものの、脊索動物の発祥は長らく議論が続いていた。1909年に開催されたダーウィンの「種の起原」50周年を記念して開催されたミーティングでは脊椎動物の起原に関して話し合いがもたれたが、これと言って成果は得られなかった。動物学者のトーマス・ステビングは「他人の主張が間違っているという点でのみ、我々は意見が一致した」と書き残している。

その後長らく様々な無脊椎動物、たとえば軟体動物や甲殻類などが、脊索動物の起源の候補に挙がっている。しかし信頼に足る証拠となる化石は見つかっていない。

化石が見つからない理由としては、後の脊椎動物の脊椎や歯が化石化しやすいという特徴を持つのに対し、初期の脊索動物は化石を残すにはあまりに柔らかすぎたのではないかと考えられる。今のところあいまいな体の輪郭の化石しか見つかっていない。フィリップ・ジャンヴィール(Phillippe Janvier)はこれを潰れたナメクジと呼び、脊索動物の走りとするには解釈が難しく、議論の余地が残る。

とはいえここ数十年の進化生物学、分子系統学ははるかに良い理解を与えてくれている。その最たるものが脊椎動物にもっとも近縁な動物群の同定である。すなわちヒトデやウニ、ナマコや半索動物とよばれるミミズのような動物である。これらの動物とともに、われわれ脊椎動物は包括的に「後口動物」と分類される。これは胚の期間に口よりも肛門が先に形成される一群である。

つまり我々は脊椎動物であり、それは脊索動物の一部を成し、さらにそれを内包する後口動物に括られる。少し惨めな感じがするが、我々はお尻によって定義される。しかしこれこそが生物学者の見つけたもっとも抽象的な分類である。

我々はウニとは似ても似つかないが、両者は共通の祖先をもつ。スクリップス海洋研究所のリンダ・オランド(Linda Holland)によれば、ウニのような、脊索動物のような、半索動物のような、しかしどれとも似ていない共通祖先をもつのだ。この共通祖先、すなわち初期の後口動物は脊索を手に入れて最初の脊索動物となった。

沖縄科学技術大学院大学のノリ・サトー(Nori Satoh、佐藤矩行)は脊索の誕生の瞬間、すなわち脊索動物誕生の瞬間を次のように仮定している。「オタマジャクシのような幼虫の誕生が脊索動物誕生のきっかけとなったのだと思います」。後口動物は成長過程の初期に幼虫段階を経る物が多くいる。腸鰓類(ちょうさいるい)やウニの幼虫は体に複数生える繊毛を動かすことによって移動するが、脊索動物の幼虫は尻尾を持っており、それを移動手段に用いる。「脊索は尻尾を支えるための器官なんです」と、ノリ・サトーは語る。

サトーのアイデアはイギリスの生物学者ウォルター・ガースタング(Walter Garstang)の説を下敷きとしている。ガースタングは、初期の脊索動物は海底での生活を放棄したと仮定する。海底をはい回る動物としての未来を捨て、むしろ幼虫時代に泳ぐための器官であった脊索を成体に引き継がせることによって別の進化的可能性を見出した。これは現代の両生類の一部が幼虫時代の形質を成体にまで残すことに似ている。サトーの研究室ではこの視点から遺伝的証拠を探っている。

そもそもなぜ幼虫はしっぽを獲得したのか、なぜ゜それを成体にまで引き継がせたのかという点については明確だ、とサトーは語る。「尻尾で泳ぐという特徴は繊毛で歩くよりも効率的だ。これにより初期の脊索動物は明らかな利益を得ていた」。敏捷性の高い肉食動物の豊富なカンブリア時代の海では、素早く動けることはかけがえのない財産だった。そして長い時を得て脊索動物の体は変化していった。

ヒトを含め現代の多くの脊椎動物は体を支えるために軟骨でできた脊索を使用することはないが、尚も重要な役割を負っている。すなわち背骨の一部にショックアブソーバーとして組み込まれているのだ。ぎっくり腰を経験したことのある人ならだれでも、椎間板のありがたみを感じたことがあるだろう。

とはいえ、こと大型の脊椎動物に関しては、体を支えているのは背骨そのものである。「恐らく、動物が巨大化していく中で脊索よりも強い組織が泳ぐために有利になったのだろう」とオランドは語る。

現代ではわずかな脊索動物のみ、脊索で体を支える構造を持つ。彼らの存在が進化史を語る上でのヒントになる。

ナメクジウオ(lancelets, amphioxus)は透明な魚のような生き物であるが、脊椎動物に含まれない脊索動物のわずかな生き残りである。この生物が先史時代の海での脊椎動物の進化に関する洞察を与えてくれる。ナメクジウオは細かく分かれた筋肉と、脊索の周りには鞘と神経索を持っており、進化上の脊椎の獲得がどのようなものであったのかをほのめかしている。乱暴に言ってしまえば、この鞘が椎骨の原形である。

オランドらはナメクジウオが、現代の脊椎動物に共通する基本的な遺伝子を保有していることを突き止めている。正確には進化の初期の過程で2回の遺伝子重複を経験しているのだが、これらの遺伝子はあらたな役割を負っている。例えば軟骨の成長や、最終的には頭蓋や顎の生成に関わる特殊な細胞の生成である。その後の遺伝子重複により脊椎動物は柔らかい組織を鉱質化させる遺伝子を獲得している。これがより頑丈な基礎を形作る助けとなっている。すなわち、骨格である。

この文脈で脊椎動物の進化、ホモサピエンスにむかう行進(March of Progress、ヒト至上主義的な意味合いを持つ)を容易に捉えることができるように思われる。すなわち初期の脊椎動物は魚への可能性を広げ、その後四肢を獲得し、陸上へと進出した。そしてついには二足で歩くようになり、ヒトへと至った。

しかし、つつましい生物からまっすぐにヒトへと進む進化のイメージは間違いである。

欧州分子生物学研究所が2014年に海洋虫から脊索のような器官を発見した際には、それは古くからの仮説を支持する根拠となった。しかし面白いことに、それは同時に我々の「ホモサピエンスにむかう行進」がいかに間違っていたかを示す結果にも繋がった。脊索の獲得は、進化上必ずしもインパクトのある出来事ではなかったのだ。

ヒトデやその他の無脊椎動物と我々の共通祖先は早い段階で脊索を獲得していた可能性があるが、これらの動物は脊索を重視した進化をあきらめ、海底での生活に適応している。また一度脊索を獲得した動物が、その後にこの器官を失っている可能性もある。ナメクジウオは脊椎動物に最も近縁な現生生物と考えられているが、2006年にはそれを否定し、ホヤ(あるいは尾索動物)をその候補とする論文がネイチャーに発表されている。

ホヤは脊索動物であり、オタマジャクシのような幼虫期間を持つ。しかし成体は岩に固着する濾過摂食生物である。恐らくホヤもかつては典型的な脊索動物のような構造を持っていたと思われるが、脊索を全く必要としないライフスタイルに適応した。我々は脊索が進化における偉大な発明であると考えがちであるが、自然選択は明らかにそうは捉えていなかったのだ。

「歴史は勝者がつくる。この名言は生命進化にも当てはまる」。ホヤが脊椎動物にもっとも近縁であるという説に対し、ヘンリー・ジーは進化におけるヒト中心主義を強調している。この場合の自然選択は、脊索という大して役に立たない器官を着実に一歩ずつ人間という目標に向けて進化させていったというよりはむしろ、完璧な放棄を選んでいる。

SFにおける無脊椎動物主義は少し行き過ぎな感があるが、少なくとも数の上では地球を支配しているのは我々からすれば単純に見える生物たちである。我々にとっての「動物」と言う語から真っ先に連想される「機動性」や「頭部」といった特徴を持たない動物も珍しくない。

進化は目標を持たない。何かに向かって進んでいるわけではない。ヒトデはヒトと同様に高度に進化している。我々にとっての洗練された構造と思えるような器官をヒトデの祖先が放棄している事実が、脊椎動物の高等性を否定している。無脊椎であることになんの疚しさもないのである。

翻訳元: Why we have a spine when over 90 of animals dont

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Author:じょなさん
元バックパッカーの引きこもり、世界に飛び出す引きこもり。当初は役立つ情報を、と思っていたんだけど自分の興味しか書けないね。

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