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アメリカ視点でのシリア情勢のまとめ

混迷を極めるシリア情勢

シリア情勢

ドナルド・トランプが次の大統領になるとは思えないが、確かに無視できない支持を集めている。トランプ氏に関してわれわれ日本人が耳にする情報は不動産王だとか、反移民的発言だとかといった細切れな話で、それだけだとなんでトランプ氏が支持を集めているのかどうもぴんとこない。右派であることはもちろん要素の一つなのだが、人気の秘密は具体的な政策ではなく明らかに氏のパーソナリティだ。アメリカ人の心理を探ってみると、彼らは決して移民をどうこうしてほしいとか、テロリストをなんとかしてほしいとか具体的な要求を持っているわけではなくて「強いアメリカ」を懐かしんでいるのだということが分かる。弱腰のオバマ政権に辟易しているのだ。

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ブッシュからオバマへと政権が変わる中でアメリカは大きな転換を果たしている。簡単に言ってしまえば「世界の警察」から国際協調路線である。国際協調とは話し合いによる外交解決であり、嫌な言い方をすれば弱腰だ。オバマ大統領は実際「アメリカは世界の警察ではない」と宣言している。この転換は結局のところブッシュ政権の「世界の警察ドクトリン」の失敗から始まっている。政権も佳境の2008年ごろ、イラク戦争は失敗だったとアメリカ人の誰もが考えていたのだ。強いアメリカがうまくいかなかったので一歩退いてみた結果がオバマ時代だったというわけだろう。

イラク戦争からの流れ

2003年3月、ブッシュ政権時代にイラク戦争が始まっている。アメリカが主体となった有志連合軍はまさに圧倒的だった。同年5月には「大規模戦闘終結宣言」が出されている。しかしその後も治安の維持のため国内での戦闘は続いた。ご存知のようにイラクの戦後の処理、治安維持が難攻を極めた。そのためにアメリカ人の意識に反戦意識が芽生えた。

バラク・オバマがアメリカ大統領に就任したのが2009年、翌年2010年8月にバラク・オバマにより改めて「戦闘終結宣言」が出され、2011年12月にイラクから米軍の完全撤収が完了した。この米軍のイラク撤退と同じ時期、2010年の12月、チュニジアからアラブの春が始まっている。この春は2011年にシリアにも訪れているが、シリアではこの民主化運動は他の国に比べてゆっくりと盛り上がっていった。

イラクで米軍と戦っていたのはシリアのアルカイダが送ったシリア人であり、旧イラク軍将校であった。アルカイダ、フセイン、シリア国民の多数はスンニー派であり、一方シリアの独裁者アサド、イラク国民の多数はシーア派である。つまりイラクもシリアも国内少数派が独裁政権を担っていたということになる。このあたりがややこしい。

2011年7月にシリア政府軍の大佐がアサド政権に対して反旗を翻し、反政府武装組織「自由シリア軍」を結成した。これよりシリアでは武力による闘争が始まる。アルカイダによってイラクに送り込まれスンニー派のために戦っていたシリア人ジハーディストはこうしてはいられないとシリアへと武器と経験を持ち帰り戦争に加わる。なにしろおり良く米軍はイラクから撤退をはじめているのだ。彼らジハーディストはシリアにてアル・ヌスラ戦線をはじめとするスンニー派ジハード主義武装勢力を形作る。このシリア内戦に加わったジハーディスト達は多くがイラク時代にISISの前身と関わりを持っており、そのため2013年にISISが「イラクとシリアのイスラム国」樹立を宣言すると多くが同調した。

シリアの三つ巴ならぬ四つ巴

アサド政権はそれほど宗教色は強くない、つまり世俗独裁。元シリア正規軍からなる自由シリア軍は世俗的な民主主義を目指す。ジハーディスト武装勢力はイスラム法(シャリーア)に基づくイスラム主義国家を目指す。これで三つ巴だが、ジハーディストと自由シリア軍は同盟関係にあり、アサド政権に対して共闘している。この同盟は政権の転覆に成功しても絶対にもめるパターンである。

そしてクルド人組織。こちらは自衛に徹している。このクルド人自治政府ロジャヴァは、アサド政権と秘密裏に取引をした疑惑があり一部から非難されている。アサド政権は今まではクルド人を迫害してきたし、もっといえばシリアにおけるアラブの春に火をつけたのはクルド人なのだが、ドンパチが始まるとクルド人はさっさとアサド政権から自治権を引き出し、引き換えにアサド政府軍とクルド人との休戦が秘密裏に確約された……、のではないかという疑惑が存在する。実にもっともらしく、おそらく間違いの無い推測である。クルド人居住地域からのアサド政府軍の撤退とクルド人部隊の展開がスムーズすぎる。双方に被害が少なすぎる。これで四つ巴だが、ご存知のようにここにISISが加わってくる。

クルド人は流れで言えば自由シリア軍に加わってもおかしくは無かったのだが、様々な反政府武装勢力が集まるシリア国民評議会と折り合いがわるく、アサド政府からも反政府勢力からも距離を置いた。まだ後の話になるが、アサドを支援するロシアを刺激したく無いアメリカがISISに対抗する地上部隊としてクルド人が使いやすかった理由がここにある。

クルド人はイラク戦争前には国も無ければ自治区すら持っていなかったが、イラク戦争の結果イラク北部に自治区を認められている。2014年にISISの快進撃が始まりイラク軍が北部の都市から撤退すると、イラク北部において国際的に正当な武装勢力はイラク領クルディスタンのペシュメルガだけとなった。孤立無援、絶体絶命の苦境にも思われたが、当のクルド人は悲願のクルド人国家樹立の千載一遇のチャンスと見てしゃかりきにがんばり、ISISを駆逐、イラク最大の油田地帯であるキルクークや北部最大の都市モスルすら勢力下に置いた。イラクに大きな借りを作ったといえる。もう独立したっておかしくないのだが、周辺国のシリア、トルコ、イランがイラク同様に国内にクルド人問題を抱えているためイラク領クルディスタンの独立を認めたがらない。

中東における力の空白

フセインの退場と米軍の撤退が力の空白を生んだ。様々な思惑がその空白に流れ込んでいることが分かる。ここらでアメリカ視点に戻る。2013年4月、アサド政権が化学兵器サリンを使用した。アメリカの武力介入の可能性がもっとも高まった瞬間であったが、2013年9月、オバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言しキャンディーズばりにアサルトライフルを置いた。アサドの化学兵器の問題はロシアが間を取り持ち解決する。オバマの言う「国際協調路線」が少し垣間見えた瞬間だったかもしれないが2014年にはクリミア危機が発生し、協調など微塵も存在しないことが明るみになる。アメリカが退いて出来た空白にロシアが流れ込んだだけだ。

2013年頃まではISISはアルカイダの下部組織であった。イラクのISIS(正確には前身だが)はシリアにも人員を送り込んでいたが、2013年ごろより直接シリア内戦に関わるようになっている。この頃のISISはシリアで反政府軍同盟として闘う多くのジハーディスト武装勢力の一つにすぎなかったが、反政府軍の物質的支援を受けるようになると急速に力をつけた。イラク北部の油田地帯を掌握し財源とした。一方でアルカイダとは折り合いが悪くなり、アルカイダの指導者、アイマン・ザワヒリは2013年5月にはISISに解散命令を出している。破門である。この頃よりISISはシリアの反政府勢力同盟とも一線を画し、シリア内戦における5番目の武装勢力となった。ISISは2014年6月にはイラク北部最大の都市、モスルを支配下に置き、国家の樹立を宣言した。

ISISがイラク北部の都市、アルビルに迫るとアメリカはようやく重い腰をあげる。アルビルにはアメリカの領事館や企業のオフィスが集中している。2014年8月、アメリカはISISに対する空爆を決めたが、地上部隊を派遣することには及び腰で、地元の義勇兵を育成することにした。しかも空爆はイラク国内に限られた。アメリカ様の地上部隊ならシリア内戦など一網打尽だが、ポストアサド後のビジョンが描けなかったのだ。これはイラク戦争の苦い経験の残した教訓だったのだと思う。

上に述べた対ISIS部隊の育成計画。これはシリア反政府派から面接により選び抜いた人員をトルコでの訓練に参加させ、対ISISの地上部隊とする作戦で、予算には約600億円が計上された。米軍の空爆と、彼らエリート部隊の連携によりISISを一網打尽にする予定だったのだろうが、この育成計画は大失敗に終わる。反政府軍に募集をかけておきながら、面接ではシリア政府軍と戦わないことを条件として突きつけたためにろくな人員が集まらなかった。さらにはろくな武器が与えられなかった。アメリカはロシアを刺激することと、自らの手でテロリストを育ててしまうことを恐れたのだろう。プログラムを終え戦闘に参加した兵士の多くは行方不明になった。殺されたの婉曲表現である。2015年9月、このプログラムの元で戦闘に参加している人員は4、5人であると報告された。まるで冗談である。ロイド・オースティン司令官が上院軍事委員会でマケイン上院議員に問い詰められているシーンが実にいたたまれなかった。

2015年9月、このアメリカの失敗をあざ笑うかなのようなタイミングで、ロシアはシリアでの対ISIS空爆に参加する。さにはプーチン大統領はシリアに対して政治的支援も行うと明言している。プーチンはアメリカの隙を見逃さなかった、ということだろう。じつに強かだ。ロシアのウクライナやシリアへの介入はアメリカ人のプライドを大きく傷つけているのだろうと思う。一方で中東の利権に関しては価値が下がっている。2016年、アメリカは40年ぶりに原油の輸出国になると見られている。シェール革命は2013年から始まっている。このことはアメリカが中東から距離を置く理由の一つになっていたのかもしれない。だったらそれこそ、よその喧嘩に首を突っ込まなくたってよさそうなものだと考えるひとも居れば、強いアメリカに執心するアメリカ人もいる。大統領選が楽しみである。

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Author:じょなさん
元バックパッカーの引きこもり、世界に飛び出す引きこもり。当初は役立つ情報を、と思っていたんだけど自分の興味しか書けないね。

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